カンガルー日和
さて、今日は村上春樹の『カンガルー日和』(講談社文庫)の感想です。これは村上春樹の短編集で表題のほかに「眠い」「スパゲティ―の年に」などなどが収録されています。この本の中で一番好きな作品「図書館奇譚」を今回は紹介していきます。
(あらすじ)
ひょんなことから老人によって図書館の地下に閉じ込められてしまった主人公。老人は主人公に一冊の本を暗記するように指示して、彼の世話を羊男に命ずるのであった。このままでは頭を切断されて脳みそをすわれてしまうことを知った男は、羊男ともう一人の不思議な少女と触れ合い脱出計画を練っていく。
(感想)
いやはや、相変わらず不思議な世界です。常連の羊男も登場し、摩訶不思議な世界観です。村上作品はいつも不思議です。この不思議な世界観は、何かの例えではないかといつも妄想しながら読むようにしています。地下とはいったい何を意味するのでしょうか?。
あくまで個人的な考えで、作者の意図とは別のものかもしれませんが、「地下」=「社会」のような気がします。人に知識を蓄えるように強制するものの、蓄えた知識はあくまで社会の養分としてのみ使うことを求められ、思考を奪われた人間は大衆化していく。その世界への反逆のようなお話だと思いました。
これは男が脱出する物語ですが、同時に囚われた羊男を助けるもののように思えます。ある意味では、羊男は男の潜在意識のような。二人の男を助ける少女にはなんとなく「母性」というものを感じます。母性による社会という暴力装置からの独立というのがこの作品についての私の解釈です。
専門家や作者からすると、何変な解釈しているんだと怒られそうですが、村上作品は難しくて面白いです。
天才
さて、今日の書評は石原慎太郎の『天才』(幻冬舎)です。最近、本屋に行くとかなりの確率で、田中角栄関係の本が特集されています。「立身出世」という言葉は田中角栄のためにあるような感覚になってしまいます。
政敵でもあった石原慎太郎が、自分の政治観を表現するために、田中角栄の霊言という形でこの本を発表したのは面白い。
石原慎太郎を含めて、多くの日本人は「田中角栄」という人物、もしくは人生に一種の憧れがあるように思います。金権政治という負の部分を否定しながらも、決断力や実行力に惹かれてしまう。「天才」が作り出すカリスマ性に引き寄せられてしまっている。
過去のカリスマに未だに囚われ続けているということは、社会全体に一種の閉塞感が蔓延してしまっているということでしょう。ブラック企業や高齢化などニュースはネガティブなものが多い昨今。それをぶち破ってくれる強烈な個性を社会が欲しているように思えます。それが果たしてどのような結果をもたらすのでしょうか?
五分後の世界
さて、今日一番の感想は村上龍『五分後の世界』(幻冬舎文庫)です。これは時間が五分ずれた平行世界に迷い込んだ男を主人公に描く小説です。その五分後の世界では、太平洋戦争が長期化し、日本全土が連合軍に占領され、ゲリラが地下に潜り何十年も抵抗を続けています。主人公はゲリラ側につき、敵と戦っていくのでした。
読んでいて、この世界は平行世界であって、平行世界ではないように感じました。現代世界の裏側、アンダーグラウンドと表裏一体なのではないでしょうか?。主人公、小田切が最初に居た世界が、私たちが住んでいる世界で、迷い込んだ世界が最初の世界の裏にあるような印象です。
世界全体が帝国主義とは決別し、紳士的な対応を取っていますが、裏では弱肉強食で権謀術数の世界が繰り広げられている。倫理や科学といった服を着飾ろうとも、結局は攻撃的な人間の本性を風刺しているような作品です。
自分の解釈は、たぶん作者の意見とはずれていると思います。俗にいう「戦後レジーム」からの脱却を意図して書かれているのではないかと思いますが、自分はより人間の攻撃性というものを読み取りました。