『盤上の向日葵』感想

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はじめに

『盤上の向日葵』をここ数日読んでおりました。

将棋を舞台にしたミステリーで、捜査の腕はたしかな変わり者刑事と元奨励会の若手刑事が死体遺棄事件の謎に迫っていくお話です。

飯島栄治先生が監修していたそうで、かなりおもしろかったです。

羽生先生や小池重明氏のような登場人物がでてくるのも将棋好きには嬉しいところw

第15回の本屋大賞で2位というすごい成績を残していたので、前から気になっていたんですよねw

ミステリーなのでネタバレはできる限り避けますが、感想を書いていきたいと思います。

あらすじ


埼玉県天木山山中で発見された白骨死体。遺留品である初代菊水月作の名駒を頼りに、叩き上げの刑事・石破と、かつてプロ棋士を志していた新米刑事・佐野のコンビが捜査を開始した。それから四か月、二人は厳冬の山形県天童市に降り立つ。向かう先は、将棋界のみならず、日本中から注目を浴びる竜昇戦の会場だ。世紀の対局の先に待っていた、壮絶な結末とはー!?

【内容情報】(「BOOK」データベースより)

感想

ハードカバー600頁という大ボリュームながら、夢中になって読んでしまいました。

上条桂介六段というプロ棋士が重要人物で、彼の生い立ちをたどっていくことで真相に迫っていくスタイル。

この上条さんの経歴がすごいんですよね。

東大卒。外資系企業から独立してIT企業の長者になったあとに、奨励会を経ずにアマタイトルを総なめにして、プロ編入試験に合格。プロ入り。序列第一位の 竜昇戦 の挑戦者になる。

もう、アマの夢が詰まった経歴ですよね。

しかし、彼には秘密があって……

年齢制限をしらないベテラン刑事から「どうして将棋を諦めたんだ」なんて元奨励会員が言われてしまうのは結構胸にくるものがありました。

これを読む前に『将棋の子』を読んでおくと奨励会の厳しさがわかります。

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感想(13件)

いや、誰もあきらめたくないんですよ、刑事さん( ;∀;)っていういたたまれない気持ちになってしまいました……

特に、盤上の表現がとてもリアルでしたね。これって意外と小説でやるのが難しいんですが、やっぱり力ある書き方をされていました。

「矢倉」「四間飛車」「鬼殺し」「三間飛車穴熊」と将棋好きにはたまらないワードもでているので、ぜひとも読んでみてください(‘ω’)ノ

盤上の向日葵 [ 柚月裕子 ]

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感想(4件)

『どんぐり姉妹』書評

前回の書評はこちら

『どんぐり姉妹』
姉の名はどん子、妹の名はぐり子。突然の事故で奪われた、大好きだった両親の笑顔。気むずかしいおじいさんの世話をしながら、学んだ大切なこと。苦しい時間を姉妹は手をとりあって、生きてきた。とめどなく広がる人生で、自分を見失わないように。気持ちが少し楽になる居場所、それが「どんぐり姉妹」。「私たちはサイトの中にしか、存在しない姉妹です。私たちにいつでもメールをください。時間はかかっても、お返事をします。」―メールは祈りをのせて。ネットが癒やす物語。

「BOOK」データベースより


よしもとばななの小説は好きです。ある意味では、パターン化されているのだけど、それが心の栄養として隅々までいきわたる気がする。

大事な人を失った主人公が再生していく物語。これがよしもとばななの基本だ。

その世界は本当なら冷たさに満ちているはずなのに、登場人物たちは温かく読者の心を癒してくれる。

今回は幼少期に両親を失った姉妹の物語。
彼女たちは、ネット上でどんぐり姉妹と名乗り、悩み相談を受け付けている。

両親との別れ・田舎生活・豪華な生活・お爺さんとの介護のはなし。

ふたりは、親戚の家を転々としながら、いるべき場所を見つけていく。

妹の初恋の人との霊的な体験・姉の恋愛観。
彼女たちの動きは日常的でありながらも、非日常に分類される。しかしながら、読み手は非日常を日常的に体験していく。

本当にうまいですね。
そして、この世界観がどうしようもないくらい優しい。だからこそ、私はよしもとばななの小説が好きなんです。

国内の作家はあまり読まないんですが、よしもとばなな・重松清は例外で結構読みます。二人の共通点は人間臭さのなかから生まれてくる優しさ。

何かを失ったことがある人だけが持つ温かみを表現するのがうまい作家さんですよね。

どんぐり姉妹でいえば、二人は一心同体なんだけど、やはりどこか欠けている。それは幼少期に親を失った影響のはずだけど、ふたりはそれを埋めようとしないで受け入れている。

小説であれば、本来は受容ではなく、克服が題材となることが多いはずなんですが、よしもとばななは受け入れることからはじめていく。それに読者は共感できるのだと思います。

フィクションでありながら、フィクションではない世界観とで言うのでしょうか。

彼女の作品はなにか悩んだときや傷ついたときに読むべき本です。

結局のところ人につけられた傷は、人との関係の上でしか治せないのではないか。

彼女の小説を読むといつもそう思います。

今回も傑作でした。

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感想(0件)

書評『カンガルー日和』・『天才』・『五分後の世界』

カンガルー日和

カンガルー日和 (講談社文庫)

さて、今日は村上春樹の『カンガルー日和』(講談社文庫)の感想です。これは村上春樹の短編集で表題のほかに「眠い」「スパゲティ―の年に」などなどが収録されています。この本の中で一番好きな作品「図書館奇譚」を今回は紹介していきます。

(あらすじ)
 ひょんなことから老人によって図書館の地下に閉じ込められてしまった主人公。老人は主人公に一冊の本を暗記するように指示して、彼の世話を羊男に命ずるのであった。このままでは頭を切断されて脳みそをすわれてしまうことを知った男は、羊男ともう一人の不思議な少女と触れ合い脱出計画を練っていく。

(感想)
 いやはや、相変わらず不思議な世界です。常連の羊男も登場し、摩訶不思議な世界観です。村上作品はいつも不思議です。この不思議な世界観は、何かの例えではないかといつも妄想しながら読むようにしています。地下とはいったい何を意味するのでしょうか?。

 あくまで個人的な考えで、作者の意図とは別のものかもしれませんが、「地下」=「社会」のような気がします。人に知識を蓄えるように強制するものの、蓄えた知識はあくまで社会の養分としてのみ使うことを求められ、思考を奪われた人間は大衆化していく。その世界への反逆のようなお話だと思いました。

 これは男が脱出する物語ですが、同時に囚われた羊男を助けるもののように思えます。ある意味では、羊男は男の潜在意識のような。二人の男を助ける少女にはなんとなく「母性」というものを感じます。母性による社会という暴力装置からの独立というのがこの作品についての私の解釈です。

 専門家や作者からすると、何変な解釈しているんだと怒られそうですが、村上作品は難しくて面白いです。

天才

 さて、今日の書評は石原慎太郎の『天才』(幻冬舎)です。最近、本屋に行くとかなりの確率で、田中角栄関係の本が特集されています。「立身出世」という言葉は田中角栄のためにあるような感覚になってしまいます。

 政敵でもあった石原慎太郎が、自分の政治観を表現するために、田中角栄の霊言という形でこの本を発表したのは面白い。

 石原慎太郎を含めて、多くの日本人は「田中角栄」という人物、もしくは人生に一種の憧れがあるように思います。金権政治という負の部分を否定しながらも、決断力や実行力に惹かれてしまう。「天才」が作り出すカリスマ性に引き寄せられてしまっている。

 過去のカリスマに未だに囚われ続けているということは、社会全体に一種の閉塞感が蔓延してしまっているということでしょう。ブラック企業や高齢化などニュースはネガティブなものが多い昨今。それをぶち破ってくれる強烈な個性を社会が欲しているように思えます。それが果たしてどのような結果をもたらすのでしょうか?

五分後の世界

五分後の世界 (幻冬舎文庫)

 さて、今日一番の感想は村上龍『五分後の世界』(幻冬舎文庫)です。これは時間が五分ずれた平行世界に迷い込んだ男を主人公に描く小説です。その五分後の世界では、太平洋戦争が長期化し、日本全土が連合軍に占領され、ゲリラが地下に潜り何十年も抵抗を続けています。主人公はゲリラ側につき、敵と戦っていくのでした。

 読んでいて、この世界は平行世界であって、平行世界ではないように感じました。現代世界の裏側、アンダーグラウンドと表裏一体なのではないでしょうか?。主人公、小田切が最初に居た世界が、私たちが住んでいる世界で、迷い込んだ世界が最初の世界の裏にあるような印象です。

 世界全体が帝国主義とは決別し、紳士的な対応を取っていますが、裏では弱肉強食で権謀術数の世界が繰り広げられている。倫理や科学といった服を着飾ろうとも、結局は攻撃的な人間の本性を風刺しているような作品です。

 自分の解釈は、たぶん作者の意見とはずれていると思います。俗にいう「戦後レジーム」からの脱却を意図して書かれているのではないかと思いますが、自分はより人間の攻撃性というものを読み取りました。

【書評】『少女地獄』・『海神丸』・『殉死』

はじめに

ということで今回の書評は問題作3つを取り上げようと思います。

『少女地獄』

 夢野久作『少女地獄』(角川文庫)の感想です。3人の女たちの破滅を描く中編集ですが、特に看護師姫草ユリ子の破滅を描いた「何でも無い」が面白かったです。

 有能な看護婦であるが虚言癖のある女、姫草ユリ子。大学病院、診療所などに勤めるかたわら、そこの医師たちに嘘をつき破滅していく。彼女が、嘘をつかなくても良いのに嘘をついていることが印象的でした。実家が裕福であると言ったり、知り合いが有名な学者であると言いふらし矛盾を突かれて滅んでいく。

 巨大化した自我によって、彼女は殺されたように思えます。劣等感を克服するための嘘が、自分の存在を大きくし、巨大化したエゴの自重で押しつぶされていく。

 虚言癖までは言わなくても、自分の存在を大きく見せることに熱心な社会は、大きくした重さによって自壊していく。それを風刺しているように思えます。

『海神丸』

さて、次の書評は野上彌生子の『海神丸』(岩波文庫)です。この作品は倫理上のタブーが主題となりますので、苦手な方はご注意ください。

(あらすじ)
 難破し遭難した帆船「海神丸」の乗組員たちの様子を描いた作品。限られた食料と死への恐怖。彼が迫られる究極の選択とは何か。

 (感想)
 問題作です。正直、読んだときに戦慄しました。さらに、驚くことはこの話はとある事実が基になっているということです。人間というのはどんなに文明という衣服で着飾っても所詮は動物にしかすぎないのだと痛感させられました。

 食べること。この行為をしなければ、人間は世界から退場しなければいけません。そして、押し寄せる死への恐怖。極限状態におかれた船員たちがとりうる行動は1つだけ。

 「海の神」と名付けられた船「海神丸」とそこで苦しむ船員たち。これは神という存在の中で生きる人間たちという構図なのでしょう。絶対的な力の上では人間など所詮は単なる動物に過ぎない。科学や倫理で神に近づいたと思っても、召物を身につけただけなのでしょう。

 読んでいて面白い本ではありません。しかし、読むべき本の1冊だと思いました。

『殉死』

(あらすじ)
 日露戦争の英雄であり、軍神とまで称された乃木希典の生涯を描いた作品。明治天皇崩御に際して、殉死した彼は何を考えていたのか。司馬遼太郎が迫る。

(感想)
 さて、今日はもう一つ感想を書きたいと思います。司馬遼太郎『殉死』(文春文庫)です。実は司馬作品の中でこれを一番最初に読んだ本なので、思い出深い一冊です。

 「軍神」乃木希典。日露戦争時の旅順要塞を多大な犠牲を払いながら陥落させた名将というのが、おそらく一般的な評価だと思います。しかし、司馬遼太郎はそれに異を唱えた。俗にいう乃木希典愚将論ですね。こちらの論争は本職の方々が色々と言っているので言及は避けます(笑)。小説の記述が本来の歴史とは異なるなどは置いておいて、司馬は乃木を軍人と個人で評価を分けているような気がします。

 人格者という私生活の乃木と西南戦争で軍旗を奪われ、無策な要塞包囲戦で多大な犠牲を出してしまった軍人の乃木。私生活が素晴らしい人間が、必ずしも公的な立場で結果を残せるとは限らない。結局、人間という不完全な存在が、神格化され完璧な存在にされてしまうことへの複雑な感情というものが作者側にあったのだと思います。

 日露戦争後の国民意識の変化というものを感じ取り、そして、殉死に向かっていく乃木。乃木と国民との認識のずれが、最終的には一九四五年の八月十五日に行き着いてしまうのかもしれません。一時代の終わりが明治天皇と乃木希典の死という事実に象徴化された作品です。