古典駒落ち名局紹介~棋聖天野宗歩vs伊藤宗看十世名人の角落ち戦~

はじめに

プロの棋譜をネット上で紹介するのはスポンサーとの兼ね合いで将棋連盟からあまりよろしくないと通知がありました。でも、私もプロの将棋をブログで取り上げたい。

なら、著作権も切れている古典将棋の棋譜を使えばいいじゃないかと思い立ち、国立国会図書館のHPへ。

大学で歴史を学んでいたこともあり、ここのデジタルライブラリーにきっと将棋の名局集が収録されているだろうと思ったら大当たりw

明治初期に出版された棋聖天野宗歩の名局集『将棋手鑑』を発見できました(^^)/

なので、こちらを使って駒落ちの定跡研究をしていきたいと思います。

さっそく、第一弾は棋聖天野宗歩vs伊藤宗看十世名人の角落ち戦という大一番を取り上げます。

今回の見どころは、 宗歩の軽快な三間飛車と名人の少しずつ厚みを作る上手芸です。

※ 底本は、国立国会図書館のデジタルコレクションに収録されている『将棋手鑑』(1877)です。棋譜の書き方が違うので、現代風に手打ちで再編集しております。間違いがあったら申し訳ございません。

棋譜

対局者紹介

天野宗歩(1816-1859)

江戸時代最強とも呼ばれる棋士。

この時、若干18歳。

さばき重視の棋風であり、香車落ちで無類の強さを誇った。

世襲制のため名人にはなれなかったものの、実力13段・棋聖とも称される。

羽生善治曰く「歴代最強は、升田幸三か天野宗歩」。

現代的な指しまわしに定評があるため、将棋界のオーパーツのような存在。

六代伊藤宗看(1768-1843)

十世名人

当時の棋界最高位。この当時は60代。

この対局の約10年前に在野最強とも呼ばれた大橋柳雪を香車落ちで破るなど実力を誇る。攻撃的な棋風で、「荒指し」と恐れられていた。

ちょっとした解説

新進気鋭の若者が、時の名人に挑む。

まるで、藤井七段みたいな立ち位置ですよね。

角落ちの一局

下手の宗歩陣形はとても現代的ですよね。

当時は、美濃囲いが普及してから、まだ半世紀も経っていなかったそうです。

三間飛車+美濃囲いで得意のさばきを活かした陣形を作る宗歩。

逆に名人は、銀と金を連携させてさばきを抑え込む形にする。

実は今回の棋譜は、指しかけとなっており終盤まで指されていないのが残念です。

ここまで上手にどっしり構えられては、突破が難しい。

宗歩はより、積極的に飛車を動かすことでこの名人の堅陣を打破しようとします。

それがこの右四間飛車への振りなおし。

軽快なフットワークでドンドン揺さぶりをかけていきます。

ただし、坂田三吉王将の著書『名人天野将棋手鑑講義』では名人の手厚い将棋(具体的には▲4五歩~▲6五歩とついて位を確保していく手)は、まさに「名手の一手(44頁)」と称賛されております。

歴戦の経験からくる手厚さ vs 天性の才能によるフットワーク

真逆の棋風のぶつかり合いです。

最終的な終局図は、こちら

宗歩がじわじわとポイントを稼ぎ、名人が厚みから作り出した広さで終盤への活路を見い出したところで、指しかけ。

良いところで終わってしまいました( ;∀;)

まとめ

宗歩側としては、28手目に美濃囲いを完成させるよりも早く、▲4六歩としておいたほうが名人側が手厚い将棋になるのを防げるので、よりよかったのではないかというのが、うちの技巧2や坂田三吉の見解です。

私の感覚だと、18手目に▲6八角も少し損だと思いました。

囲いを作るか、▲7五歩と指していくの有力だと思います。

もう少し角の可動範囲を広げてから引き角にしてもいいじゃないかと……

特に名人の隙を見つけては厚みを作っていく上手芸がとても参考になりました。

手数で言うと、27手目~37手目までの攻防。

ここは、何度も並べて上手の厚みづくりの巧さを堪能してください。

コラム 江戸時代と右香車落ち

さて、今回はブログ記事のために、たくさん江戸時代の将棋を鑑賞しました。

そして、思ったことは、意外と右香車落ちが多いこと。
現代の香車落ちは、左側の香車を落とすことですが、江戸時代はどちらの香車を落とすことも一般的だったんですね。

明治期までは意外と指されていた手合いだったそうですが……
どこかで廃れてしまって、今は指す人もいない。

左側の香車を落とす左香落ちの場合は、上手は弱点をカバーするために振り飛車を選択します。

しかし、右側の香車を落とすと、逆に居飛車を強制されることになる。
昔は、平手定跡=居飛車という定跡が強かったので、居飛車同形ばかりのこの手合いは、平手と変わらないということで廃れてしまったのかもしれません。

でも、現代のアマは振り飛車党が多数派。
この手合いが復活したら、全国の振り飛車党は恐れおののくでしょう。
(私はこれでもオールラウンダー派なので、どちらも指す機会が増えてとても嬉しいんですが(笑))

KIF形式棋譜ファイル

手合割:角落ち
下手:天野宗歩
上手:六代伊藤宗看
手数—-指手———消費時間–
1 6二銀(71) (00:00 / 00:00:00)
2 7六歩(77) (00:00 / 00:00:00)
3 5四歩(53) (00:00 / 00:00:00)
4 5六歩(57) (00:00 / 00:00:00)
5 6四歩(63) (00:00 / 00:00:00)
6 7八銀(79) (00:00 / 00:00:00)
7 7二金(61) (00:00 / 00:00:00)
8 6六歩(67) (00:00 / 00:00:00)
9 8四歩(83) (00:00 / 00:00:00)
10 6七銀(78) (00:00 / 00:00:00)
11 5二金(41) (00:00 / 00:00:00)
12 7八飛(28) (00:00 / 00:00:00)
13 8五歩(84) (00:00 / 00:00:00)
14 7七角(88) (00:00 / 00:00:00)
15 9四歩(93) (00:00 / 00:00:00)
16 9六歩(97) (00:00 / 00:00:00)
17 6三金(52) (00:00 / 00:00:00)
18 6八角(77) (00:00 / 00:00:00)
19 7四歩(73) (00:00 / 00:00:00)
20 4八玉(59) (00:00 / 00:00:00)
21 5三銀(62) (00:00 / 00:00:00)
22 3八玉(48) (00:00 / 00:00:00)
23 4四歩(43) (00:00 / 00:00:00)
24 2八玉(38) (00:00 / 00:00:00)
25 3四歩(33) (00:00 / 00:00:00)
26 3八銀(39) (00:00 / 00:00:00)
27 7三金(72) (00:00 / 00:00:00)
28 5八金(69) (00:00 / 00:00:00)
29 4五歩(44) (00:00 / 00:00:00)
30 7七角(68) (00:00 / 00:00:00)
31 3二銀(31) (00:00 / 00:00:00)
32 6五歩(66) (00:00 / 00:00:00)
33 3三銀(32) (00:00 / 00:00:00)
34 6四歩(65) (00:00 / 00:00:00)
35 同 金(73) (00:00 / 00:00:00)
36 6六銀(67) (00:00 / 00:00:00)
37 6五歩打 (00:00 / 00:00:00)
38 5七銀(66) (00:00 / 00:00:00)
39 4四銀(53) (00:00 / 00:00:00)
40 6七金(58) (00:00 / 00:00:00)
41 3五歩(34) (00:00 / 00:00:00)
42 4八飛(78) (00:00 / 00:00:00)
43 4二飛(82) (00:00 / 00:00:00)
44 8六歩(87) (00:00 / 00:00:00)
45 同 歩(85) (00:00 / 00:00:00)
46 同 角(77) (00:00 / 00:00:00)
47 8二飛(42) (00:00 / 00:00:00)
48 8八飛(48) (00:00 / 00:00:00)
49 8五歩打 (00:00 / 00:00:00)
50 7七角(86) (00:00 / 00:00:00)
51 7五歩(74) (00:00 / 00:00:00)
52 同 歩(76) (00:00 / 00:00:00)
53 同 金(64) (00:00 / 00:00:00)
54 7六歩打 (00:00 / 00:00:00)
55 7四金(75) (00:00 / 00:00:00)
56 4八飛(88) (00:00 / 00:00:00)
57 8六歩(85) (00:00 / 00:00:00)
58 4六歩(47) (00:00 / 00:00:00)
59 同 歩(45) (00:00 / 00:00:00)
60 同 飛(48) (00:00 / 00:00:00)
61 4三歩打 (00:00 / 00:00:00)
62 8三歩打 (00:00 / 00:00:00)
63 3二飛(82) (00:00 / 00:00:00)
64 4五歩打 (00:00 / 00:00:00)
65 5三銀(44) (00:00 / 00:00:00)
66 2六飛(46) (00:00 / 00:00:00)
67 2二銀(33) (00:00 / 00:00:00)
68 8六角(77) (00:00 / 00:00:00)
69 6一玉(51) (00:00 / 00:00:00)
70 7七桂(89) (00:00 / 00:00:00)
71 8五歩打 (00:00 / 00:00:00)
72 9七角(86) (00:00 / 00:00:00)
73 9五歩(94) (00:00 / 00:00:00)
74 同 歩(96) (00:00 / 00:00:00)
75 7二玉(61) (00:00 / 00:00:00)
76 7五歩(76) (00:00 / 00:00:00)
77 8四金(74) (00:00 / 00:00:00)
78 6五桂(77) (00:00 / 00:00:00)
79 6四銀(53) (00:00 / 00:00:00)
80 8八角(97) (00:00 / 00:00:00)
81 8三玉(72) (00:00 / 00:00:00)
82 4四歩(45) (00:00 / 00:00:00)
83 同 歩(43) (00:00 / 00:00:00)
84 同 角(88) (00:00 / 00:00:00)
85 4三歩打 (00:00 / 00:00:00)
86 8八角(44) (00:00 / 00:00:00)
87 投了 (00:00 / 00:00:00)
まで86手で下手の勝ち

変化:87手
87 4二飛(32) (00:00 / 00:00:00)
88 5五歩(56) (00:00 / 00:00:00)
89 3三桂(21) (00:00 / 00:00:00)
90 6六銀(57) (00:00 / 00:00:00)
91 9五香(91) (00:00 / 00:00:00)
92 同 香(99) (00:00 / 00:00:00)
93 同 金(84) (00:00 / 00:00:00)
94 5四歩(55) (00:00 / 00:00:00)

変化:86手
86 7一角成(44) (00:00 / 00:00:00)
87 3一飛(32) (00:00 / 00:00:00)

変化:86手
86 2二角成(44) (00:00 / 00:00:00)
87 同 飛(32) (00:00 / 00:00:00)
88 3一銀打 (00:00 / 00:00:00)
89 3二飛(22) (00:00 / 00:00:00)
90 2三飛成(26) (00:00 / 00:00:00)

変化:28手
28 4六歩(47) (00:00 / 00:00:00)

失われた戦法を求めて➃~大野源一名局紹介~

ついに将棋ラブコメも15万字&5万PV突破です(^^)/
『おれの義妹がこんなに強いわけがない ~妹とはじめる将棋生活~』

さて、今日は、大野源一九段の力戦形「相中飛車」の名局です。
大野源一九段と言えば、「振り飛車」中興の祖として活躍し、大山・升田両名人の兄弟子として活躍しました。
捌きの名手として、久保九段に大きな影響を与えたことでも有名ですね。

そして、「相中飛車」!
この戦型って、アマチュアでは大人気なんですが、プロ間では少ないんですよね。
今回の対局は、みたことがある手順満載なので、とても参考になりました。

1965-09-17 棋聖戦 大野源一 vs. 有吉道夫(外部リンク)

お互いに角交換した後に、5三の位置に角を打ちこみ合う。
後手の最後のお願いを冷静に防ぐ大野の手順は、とてもすごい。手に汗握る一局となっております。

後手が途中まで有利だったんですが、85手~90手あたりで疑問手と悪手が出てしまって逆転しましたね。
86手の同馬が、敗着だったのかなと思います。

ソフトの推奨手は「 △2七馬(17)▲同銀(38)△同飛成(23)▲3八銀打△2一龍(27)▲2七香打△2六歩打▲同香(27)△2五歩打▲同香(26)△同龍(21)▲3六銀(37)△2四龍(25)▲4五銀(36)△2七歩打▲2九歩打△2八歩成(27)▲同歩(29)△2六桂打▲2七銀(38)△3八歩打▲同金(49)△同桂成(26)▲同玉(39)△3七歩打▲同馬(48)△3一香打▲3六歩打△4四歩(43)▲6五桂打△2五桂打▲5五馬(37)」

最後は完全に後手の攻めが切れて、必敗形ですね。

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失われた戦法を求めて③~丸田祐三名局紹介~

ついに将棋ラブコメも15万字突破です(^^)/
『おれの義妹がこんなに強いわけがない ~妹とはじめる将棋生活~』

ということで、今回は、丸田祐三九段の十八番。「9七角ひねり飛車」、通称「丸田流ひねり飛車」のおもしろい名局です!
丸田祐三九段は、将棋連盟の会長も務めた名棋士です。
A級24期、棋戦優勝10回、タイトル挑戦4回と凄まじい実績ですね。

これを上回る成績を持つ棋士はそういないはずです。
歩の使い手としても有名で「小太刀の名手」という異名もありました。
最後の大正生まれの棋士として、95歳まで存命で、将棋界の長老的な存在でした。

特にNHK杯には強く、3回の優勝経験をもっています。
今回もNHK杯の名局です。あいては、加藤一二三九段。お互いに、NHK杯を得意とした大棋士同士の対局になっています。

1965-02-06 NHK杯 丸田祐三 vs. 加藤一二三(外部リンク)

炸裂したひねり飛車!
今は対策が確立し、絶滅しかけていますが、おもしろい戦法です。相がかり大好きな自分としては、一度は極めてみたい戦法の一種。角が端に上がるのが、丸田流。飛車を一気に捌こうとする豪快な戦い方です。

お互いにミスをし合い、形勢が変わりまくる大乱戦。
最後に詰みを見つけたのは、丸田九段でした……

投了図は以下の詰みです。
△1五玉(26)▲2六銀打△2四玉(15)▲3五銀(26)△1三玉(24)▲2五桂打

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失われた戦法を求めて②~花村元司名局紹介~

昨日も将棋ラブコメのほう更新しました!『おれの義妹がこんなに強いわけがない ~妹とはじめる将棋生活~』

さて、今日の将棋名局シリーズは、花村元司九段の名局を紹介します。
花村元司九段と言えば、真剣師として名をはせた後に、プロ編入試験に合格した異色のプロ。
終盤に絶対的な自信を持っていて、「終盤の入り口で2:8の差なら五分、3:7なら俺の勝ち」という名言が有名です。

A級16期、タイトル挑戦4回、一般棋戦優勝3回の大棋士です。

中飛車を採用した花村の怒涛の力戦模様、ご覧ください!

1966-08-19 棋聖戦 花村元司 vs. 加藤博二(外部リンク)

ここにいた飛車が数手後には……

ここにいますw

この将棋のなにがすごいかというと、飛車の動きです。
縦横無尽に、動きまくって、敵をけん制し、少しずつ逆転の布石を作ります。
そして、後手の56手目がその契機。
7三桂のほうがよかったようですね。

△7三桂(81)▲3六歩打△4二金(41)▲2六歩(27)△2二銀(31)▲5八金(69)△2四歩(23)▲5九角(77)△2三銀(22)▲6九飛(67)△9四歩(93)▲7七桂(89)△2二玉(32)▲6五歩打△同歩(64)▲同桂(77)△同桂(73)▲同飛(69)△6四桂打▲6七銀(56)

序盤が不利になっても、力で逆転する指しまわし。
とても勉強になります。

こういう手は、やはり駒落ち将棋や真剣師時代につちかった剛腕によるものなのでしょうね。
あとは逆転で作ったリードを守って押し切っています。

このような剛腕将棋憧れますね。

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失われた戦法を求めて①~灘蓮照名局紹介~

今日もラブコメのほう更新しました!『おれの義妹がこんなに強いわけがない ~妹とはじめる将棋生活~』

さて、今日はおもしろい将棋を発見したので、紹介します。
紹介するのは、灘蓮照九段の名局です!

灘蓮照九段とはいっても、ほとんどのひとが知らないかもしれません。
昭和の大棋士のひとりで、日蓮宗の僧侶にもなった異色の人物。
タイトル経験はないものの、棋戦優勝はNHK杯2回を含む6回、A級17期という堂々たる結果を残した棋士です。

このひとですが、力戦形にめっぽう強い。
独特な指しまわしで、敵を圧倒する指し方は「荒法師」としておそれられたのでした。

今日は、そんな大棋士の矢倉の名局を紹介したいと考えています。

1968-12-20 順位戦灘蓮照 vs. 加藤一二三 順位戦(外部リンク)

こちらは、加藤一二三との順位戦です。お互いに矢倉に組む戦いですが……

矢倉戦の最中、袖飛車に変化しました!
これが、灘流矢倉という戦い方らしいです。

ここから総矢倉にした、ひふみんの陣形を重い重い一撃で粉砕します。
角銀桂飛の連続攻撃で、3筋を一気に突破する姿は、まさに、荒法師……
特に、中盤の桂馬の連打すごいです。

115手目の3四飛車が好手!
一気に即詰み手順になりました。
一例は、以下の15手詰。
▲3七香打△4三玉(34)▲7三飛打△5三桂打▲3三金打△同銀(42)▲同香成(37)△同玉(43)▲5三飛成(73)△4三香打▲4五桂打△3四玉(33)▲2五銀打△4五玉(34)▲4六馬(13)

21手詰の手順もあります。
△同玉(33)▲3五香打△4三玉(34)▲7三飛打△5三桂打▲3三金打△同銀(42)▲同香成(35)△同玉(43)▲5三飛成(73)△4三香打▲4五桂打△同歩(44)▲4四銀打△3二玉(33)▲4三銀成(44)△4一玉(32)▲2三馬(13)△3一玉(41)▲3二成銀(43)

この好手は、うちの将棋ソフトを上回る一手でした。
いやー、おもしろい!

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