やさしさ
「ほんとうにごめん。でも、きみのことは、絶対に忘れない」
3時間前、恋人に振られてしまった。
理由は、たいしたことのないすれ違い。そして、その積み重ね。
彼が切り出さなかったから、遅かれ早かれ自分が話していただろうという言葉だった。
「もう、お互い限界だよね。おわりにしよう」
わたしはついにきたかと感じていた。
「うん、そうだね」とても簡単で短い言葉だった。
「ごめんね。おれがもっとしっかりしていればよかった」彼はこんなときまで、やさしかった。
「そんなことないよ。わたしだって、悪いところいっぱいあったでしょ」
そして、冒頭の言葉に戻るのである。
「ほんとうにごめん。でも、きみのことは、絶対に忘れない」と。
こんな時まで、彼はやさしかった。
わたしは携帯をひらいた。
彼へのメッセージをうちこむ。
「どうして、こんなときまで、あなたはやさしいのよ。別れるんだから、嫌いにさせてよ。けんか別れして、お互い思いだしたくない思い出にさせてよ。そんなの自己満じゃん。いいひとにみられたいだけなんでしょ。どうして、こんな時まで。そんなこといわれたら、こっちまで忘れられなくなっちゃうじゃん」
結局、メッセージは送らなかった。いや、送れなかった。
涙でにじんだ月をみつめる。
「そんな、あなたが大好きでした」消えいる声でそう叫んだ。
日常
妻とけんかした。
きっかけはささいなことだった。
飲み会の予定があったのに、連絡を忘れてしまった。たまにある不手際だった。
帰ってきたら妻はカンカン。
「ごはん作って待ってたのに」
運が悪いことに機嫌も悪かったらしい。
そのまま売り言葉に買い言葉。
妻はふて寝をはじめていまに至る。
「もう寝た?」おそるおそる妻にはなしかける
「寝たよ。爆睡中」
「そっか。ならこれはひとりごと」
「ふうん」
「さっきはごめん。言い過ぎたし、連絡も忘れてた」
「ふうーん」
「いつも忙しいのに、おいしいごはんありがとうね。大好きだよ」
おれは布団にはいった。横では妻の「フフッ」という声が聞こえたような気がした。
こうして、おれたちの日常はまたはじまる。
毒裁者
わたしは俗にいう独裁者だ。
名門の家に生まれて、幼少期より将来を嘱望されていた。順調にエリートコースを歩み、若くして軍の司令官に任命された。
当時の王は愚鈍で、民は苦しんでいた。そのうえ、戦争が好きで、機会があれば戦いがおこなわれていた。
義憤に駆られたわたしは、部下たちとクーデターを計画し、実行した。
人望がなかった王はすぐに捕縛されて、わたしのもとに連れ出された。
「リオよ、なぜわたしを裏切った」
バカな王だ。絶望と怒りを同居させた表情。なぜ、自分がここにいるのかもわかっていない。
わたしは王の質問には答えず、彼を断頭台におくった。
新しい王は、以前の王の弟を擁立した。傀儡の王である。
わたしは軍の総司令と大臣を兼務した。王ですら、わたしには逆らうことができなくなった。
厳格な階級制度を緩めて、奴隷を解放し、商業を奨励した。
とくに若者からの人気は絶大だった。わたしたちはいっしょに夢を見た。
既得権益をもった保守派貴族が反乱を起こしたが、敵ではなかった。首謀者、協力者はすべて粛清し、断頭台の藻屑にきえた。
わたしは理想に燃えた。しかし、理想を燃やせば、燃やすほど周囲は離れていった。
国の農業力を発展させるために、害鳥の徹底的な駆除を命じた。
「リオ様、それは性急すぎます」
常に側近として仕えてくれていたライがわたしを諫めた。
「あの鳥が絶滅した場合、どんな影響がおきるかわからないのです。どうか考えなおしください」
わたしは激高した。
「この大バカ者。あの鳥がいかに農民を苦しめているかわからんのか。わたしの国であんなものが生きることはまかりならん。自然に与える影響など些細なものにすぎない」
わたしはライを遠ざけ、閑職へ左遷した。
害鳥絶滅計画は、わたしの熱心な支持者によって忠実に実行された。
わたしは満足した。季節は秋になっていた。
外には美しい夕暮れと虫たちが優雅に踊っていた。
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