【書評】『タイムマシン』・『発狂した宇宙』

はじめに

今日はSFの名作2作品を紹介します!

『タイムマシン』

戦慄の未来世界と科学というパンドラの箱

(あらすじ)
タイムマシンを開発に成功したタイムトラベラーは80万年後の未来へと飛ぶ。そこにあったのは、科学技術とは真逆の原始的な階級世界だった。未来世界での大冒険と世界の終焉の目撃。そして、科学文明の行き着く先とは?

(感想)
 さて、今日はウェルズ作、池央耿訳『タイムマシン』(光文社古典新訳文庫)です。SF小説の古典ともいえる一冊で、巨匠ウェルズが描く未来世界。面白くないわけがない作品です。そして、この文庫は訳が新しいので読みやすい!

 科学の結晶であるタイムマシンがたどり着いた未来が原始世界というのは皮肉が効いていて、とても魅力的です。こういう皮肉が効いた小説、特にSFは大好物です(笑)

 全体的に風刺が効いている作品ですが、SF小説なのに科学に批判的というのもすごいですね。発展の先にあるものが無気力と荒廃。特にエピローグのラスト寸前に大好きな一文があるので引用します。

 「肥大する文明の蓄積は、必ずや逆転して、ついには生みの親である人類を亡ぼす愚かな増殖でしかない……」(156頁)

 この作品はタイムトラベラーの友人視点で描かれていますが、それがとても退廃的な視点です。すでに、文明の崩壊というものが始まっているような印象を受けます。この作品が発表された約二十年後には第一次世界大戦が勃発することを考えるとなんとなく現実とリンクしているのかもしれません。

 文明の発展が神を滅し、さらには生みの親でもある人間をも殺してしまう。知恵の実が禁断の果実でパンドラの箱というのはなかなか皮肉が効いております。

『 発狂した宇宙 』

もうひとつの世界

 フレドリック・ブラウン『発狂した宇宙』の感想です。

 墜落したロケットの真下にいたSF雑誌の編集長。
 
 彼の遺体は見つからず、木端微塵になってしまったと思われた。

 しかし、それは違った。

 彼はもうひとつの世界に飛ばされてしまっていたのであった。

 その世界では、偶然によって20世紀初頭に宇宙船の技術が確立され、周辺の惑星は地球の植民地となっていた。

 さらに、太陽系外に住む宇宙人と戦争状態に突入しており、主人公はひょんなことから敵国のスパイだと誤解されてしまった。

 はたして、彼はもとの世界に帰ることができるのか?

 多元宇宙ものの古典で、今は絶版となってしまっていたものをブックオフで偶然見つけたので確保しました(笑)

 少し見ただけでは、ほとんどもといた世界と変わらないもうひとつの世界。

 しかし、少しずつ価値観が違っていて、それが徐々に明かされていくというストーリー。

 平行世界が、夢のようなものだと考えているのがおもしろかったです。

 もといた世界のとある人物の理想が、別の世界の現実となっている。

 こういう考え方って結構好きですね。

 もし、別の世界に住む自分はどんな感じなのか。妄想がはかどります。

『夜の来訪者』ネタバレ有書評

深い業と不幸の連鎖
 さて、今日の書評はプリ―ストリー作、安藤貞雄訳『夜の来訪者』(岩波文庫)です。

 (あらすじ)
 とある実業家一家の娘の婚約パーティーに、「とある女性が自殺した」という話が警部を名乗る謎の男からもたらされる。「なぜそんな話を?」と不思議がる家族たち。しかし、それは家族たちの本性が暴かれる序章に過ぎなかった。いくつもの因果の連鎖と衝撃の結末。

 (感想)
 この本の結末は衝撃的で、さらに皮肉的な内容です。好き嫌いが分かれるとは思いますが自分は大好きになりました。記憶喪失になった時、一番最初にこれを読みたいと思っているほど大好きなラスト。

 全員が無関係だと思っていた女性の自殺が全て裏では繋がっていて、家族一人一人の業を暴きだしていく。しかし、それだけで終わらないのがこの作品。すべてが終わったと思ったら、再び無限地獄に突き落とされてしまう。

 この物語自体が何かのメタファーのような気もします。ある意味では人が生きることを表現したようなそんなイメージ。ネタバレを極力さけようとするとうまく感想がかけませんが非常におススメです。あとでネタバレ有の感想を書きたいです。

以下、ネタバレです。ご注意ください。

さて、この本は「とある女がなぜ自殺したのか」を警部が暴いていくミステリー風な戯曲です。原因となっていた実業家家族は、警部の追及をとぼけますが、一人一人と追求から逃げられなくなっていく。そして、意図してはいないが、家族全員が自殺の原因を作っていたのだったことが最終的に判明します。この追及や家族の因果、伏線が最後にすべて繋がる演出は鮮やかで驚かされます。しかし、それだけで終わらないのがこの本の凄いところ。

 家族は警部が去った後、実はあの警部が偽物であり、女も自殺していないのではないかと疑問に思う家族たち。そこに電話がかかってきます。「とある女性が自殺した。警部がそちらに向かっている」と。

 物語はここで終わりを迎えます。偽の警部とはいったい誰だったのか?。家族全員が白昼夢をみていたのか?

 私は警部が「人間を超越したものの化身」で「良心」を具現化したような存在だと思っています。一種の文明批判をこの作品から読み取りました。文明化したことによって、他者を憐れむという人間性を失っていくヒトたちへの警鐘。この作品自体が読者が見る白昼夢であり、人間性を失えばいつあなたのもとに警部が来るかもしれませんよという警告ではないでしょうか?。私はそのように思っています。