どうして自分は純粋振り飛車党にならないのか?&どうして相振り飛車は難しいのか?

どうして自分は純粋振り飛車党にならないのか?&どうして相振り飛車は難しいのか?


今回は自分がどうして最弱オールラウンダーを貫き通しているかのお話です。

複雑なプレゼンのスライドのイラスト

現状、振り飛車:居飛車:奇襲:相振り=4:3:2:1くらいの割合で指しています。振り飛車はまあまあできるので、いつも知り合いから純粋振り飛車党への入党を進められるのですが、それにはひとつ問題が……
それは相振り飛車が大の苦手であることです(笑)

中飛車VERの相振りは得意なんですが【左穴熊とかほぼほぼ居飛車】、向かい飛車vs三間飛車とか相三間飛車みたいな王道パターンは大の苦手。
なので、純粋振り飛車党はあきらめて、定跡をたくさんおぼえなくてはいけないオールラウンダーになっているのです。
実際、居飛車を持つのもそんなに苦労していないので、なんとかなっているんですが、相振り飛車に実はあこがれを持っているところもあって結構勉強をしているんですが、やっぱり苦手は苦手で(笑)


相振り飛車が苦手な理由


・居飛車に近いと言われているが、角の使い方が特殊(王を直接にらんでいない)で居飛車の感覚で指すことが難しいところがある。
・端攻めがそもそも得意ではないので、端攻めに依存している相振り飛車が好きじゃない
・はめてのような罠が多いので経験値の差が大きい
・囲いと飛車を振る選択肢組み合わせが無数あり定跡化がまずかしいところがある

まとめ


まあ、一言でまとめると「純粋振り飛車党と比べて、オールラウンダーである自分が経験値で劣るので、結構劣勢になりやすい&端攻め嫌いなせい」です(;’∀’)
これが自分が相振りが苦手な理由ですw
端攻めが嫌いなので、相手には穴熊に組ませないようにする角交換振り飛車や先手矢倉で後手急戦を受け潰しを狙ったり色々と工夫をしていますw
自分が中飛車おじさんと化している理由も、中飛車の相振り飛車なら中央からの速攻だったり左穴熊に組んだりして、相振りっぽい将棋にしないようにしています(笑)
それでも相振りをまだあきらめないように、「相振り飛車を指しこなす本」や「相振り革命シリーズ」を頑張りたいと思います(笑)

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【将棋】藤井猛『角交換四間飛車を指しこなす本』(浅川書房)

KKS

浅川書房『角交換四間飛車を指しこなす本』(藤井猛)

今回は、最近私が解いていた将棋の本『角交換四間飛車を指しこなす本』のレビューになります。

この本の内容は以前レビューしたこちらの本とも密接に関係しているのでよかったらご覧ください。

ということで、今回は角交換四間飛車の専門書です。
次の一手形式で勉強できる定跡書ですね。

この指しこなす本は、やっぱり藤井猛九段の独壇場といってもいいくら名著を量産しています。安心安全の藤井クオリティはやっぱり今回も健在でした。

角交換四間飛車に対して、居飛車側のメジャーな対策は矢倉か銀冠。
矢倉:銀冠=7:3くらいで見ることが多いかなと思いますが、今回は矢倉に特化して基本的な手筋を紹介していく形です。

矢倉に対して、逆棒銀にするときとしてはいけない時はどういうときか。
逆棒銀からどのような手筋を使って相手の飛車先を突き破るか。
逆棒銀にできない場合は、左の銀をどう扱うべきか。
美濃囲いの端歩を受けるときか受けない時の違いはどこにあるのか。

こんな角交換四間飛車の基本となる大局観を分かりやすい言葉で説明してくれます。

章分けはこんな感じ
①基本的な駒組

②逆棒銀の基本的な手筋

③逆棒銀を封じられた時の対策&居飛車側が腰掛銀を採用してきたときの対策

基本的にこの手があると逆棒銀は無理筋となります。

実力が上がれば上がるほどほど、基本的に逆棒銀は決まらないものと考えたほうがいいと思います。

なので、①②が基本知識。③が応用的な位置づけとなり。基本的な定跡となっていますね。

唯一の残念な点は、居飛車側が銀冠を採用してきたときの説明がなかったこと。

基本的な考えは対矢倉と同じなんですが、最近の研究では角交換四間飛車に対して居飛車が銀冠に組む対策に有力な手順が見つかっています。

なので、これを何周もした後に、『将棋世界』の特集講座などでそちらの定跡を確認していくことをおすすめします。

とはいっても、基本的な手筋や定跡の網羅性は非常に頼りになる本です。
銀冠対策は応用編になるイメージなので、こちらの本でしっかりと基礎固めしてから次のステップに入るといいと思います。

こちらをマスターできれば、角交換四間飛車で有段者以上の実力を身に着けれらると断言します。

もしこちらが少し難しいならば、上で紹介した『角交換振り飛車(基礎編)』もおすすめです。

将棋に一番必要なものはメンタル説?

将棋に一番必要なものはメンタル説?

最近、仕事が忙しい。でも、将棋はしたい。そんな社会人が多いのではないでしょうか。
私もその一人なんですが、最近あることに気がつきました。

仕事が忙しい季節の将棋の成績がすこぶる悪いことに……
私の場合は、4月と9~11月が仕事の繁忙期。
将棋ウォーズの成績を見るとその結果がはっきりわかりました(笑)

この一年間は、「かなり強い」設定にして対戦者とあたるようにしているので、期待勝率3割くらいのはずです。
だいたい4段以上のひと【普通に考えてアマ強豪クラス】と戦うことになりますが、4月のGW前は、勝率が2割代で低迷しましたw

この時期は仕事が忙しいけど、でも将棋がしたい。だから、無理やり指していた感じでした。
時間もないから隙間時間をみつけて焦って指していたように思えます。
でも、気持ちに余裕が無いからミスを連発して酷い将棋ばかり(;’∀’)

そして、待ちに待ったGW。
今年は元号の関係で楽しい楽しい長期休みでした。
私も気持ちに余裕をもって楽しく指しましたw

そうすると勝率が4割に上昇w
まさかの3段昇段まで達成してしまうのでした(笑)

そして、現在。
みごとに絶不調ですw
仕事の繁忙期突入ですね。11連敗して、溶けていく達成率ww
40%→8%と大暴落しました。
これは無理やり将棋をしない方がいいと思い、指し将棋の時間を減らして、棋書を読んだり、将棋研究やら詰将棋に時間を使うようにしておりますw

やっぱり対人戦や頭脳競技は、心にゆとりが必要なんではないかというのが結論です。
知識も詰め込み重視だったんですが無理をしないように、ゆとりをもつようにしています。
この時期に無理をすると、心の余裕がなくなりますからね。

ということで、将棋に一番大事なものはメンタル・心の余裕じゃないかと思った次第です。
心に余裕がなくなった時でも将棋がしたい。
なので、今、私が実践しているトレーニングがこちら↓

・3手詰10問くらい
・5手詰4問くらい
・定跡書10ページくらい
・実戦 1回

こんな感じでかなり余裕を持たせています。
次の一手チャレンジは特にストレスなくできるのでいつもの量を維持。
苦手な詰将棋や定跡はあんまり無理しないような数字に落ち着きました。

最近、ブログの更新頻度が増えているのも、ブログ記事を書くのがストレスかからずに将棋の勉強ができるからなんですよね。
対局や問題集以外のジャンルで、アウトプットできるブログってかなり魅力的なんですよね(笑)

なので、本気で指す時は、ストレスが少ない時期を狙っていくといいのではないかというのが私の研究です(笑)

【将棋】鈴木大介『角交換振り飛車【基礎編】』(浅川書房)レビュー

ということで、今日は将棋本のレビューです。

鈴木大介『角交換振り飛車【基礎編】』(浅川書房)です。

浅川書房と言えば、有段者御用達の出版社さんですね。

名著が多く出版されていて、はずれなし。

この本ももちろん大当たりですw

というのも、浅川書房さんは結構有段者向けの難しい棋書もたくさん出すんですが、この本はかなりわかりやすい。

というか浅川書房クオリティで、級位者の方向けに書かれた本のような位置づけです。

つまり、すごくわかりやすくて、実戦でもよく見る手順が満載です。

角交換振り飛車って、序盤で角交換する都合上、結構落とし穴が多いんですよね。

ただ、基本的な駒組と攻め方が分かりやすいので、初心者の人でもやりやすい。

この本も角交換振り飛車の基本となる攻め筋を一番最初の章で3つに分類して、解説してくれる親切設計。

角交換振り飛車(角交換四間飛車・ダイレクト向かい飛車・3三角戦法・ゴキゲン中飛車などなど)を覚えたい人が一番最初に手を出すべき本がこちらの一冊です。

その後に『角交換四間飛車を指しこなす本』などに移行すると挫折知らずに問題が解けるはずです。

この本では以下の3戦法が紹介されています。

①△3三角戦法

②角交換四間飛車

③ダイレクト向かい飛車

この3戦法。△3三角戦法は00年代中盤~後半に流行った戦法で、今は廃れ気味ですが、ここは絶対に読んでおいた方がいいです。

この戦法紹介に、角交換振り飛車の基礎がすべて詰まっていますw

基本的な駒組。居飛車を手詰まりに追い込む方法。3つの基本的な攻め方。

ぶっちゃけこの章を完璧に理解できたら、角交換振り飛車だけで初段になれるレベルじゃないかなとw

この章を読み終わったら、角交換四間飛車・ダイレクト向かい飛車、自分がやりたい角交換振り飛車の章を読みましょう。

そして、専門的な棋書にステップアップしていってください。

おどろくほど理解できるようになっているはずです。

有段者の人でも、角交換振り飛車をやったことがないひとはここからスタートするといいと思います。

そして、藤井先生の指しこなす本などにステップアップして基礎を作るのがおススメです。

【将棋】疲れた時の将棋との向き合い方

疲れた時の将棋との向き合い方

ということで、今日のブログは、仕事や勉強、部活等で「疲れた時の将棋との向き合い方」についての考察です。


正直、将棋で一番難しいのは疲れているときにどうするか。
頭が働かなくてとんでもない一手を指して、大敗。レートや達成率が暴落する。
あるあるですね。

 わたしもよくやりました(笑)
なので、そんな時、どう将棋と向き合えばいいのかを考察していきます。
スランプとの向き合い方にちかいはずです。

極力、対局はおこなわない

これが一番大事です。悲惨な負け方をする可能性が高いですw
惨敗→意地になって連敗→モチベダウン→引退

このデフレスパイラルみたいなものありますよね(笑)
なので、対局は減らす方向でいきましょう。
一局、酷い負け方をして、疲れているときは、対局しない。
これが重要ですw

早く寝る

スポーツのコーチに聞いたことがあるんですが、スポーツ選手のパフォーマンスが一番いい時は、たくさん練習して、疲れて休息した次の日くらいらしいです。疲労から回復した瞬間に、最高のコンディションが作られる。

私も、木・金曜日は疲れているので、週末10時間くらい寝ると、土日に将棋の調子が良くなります。

なので、このコーチの意見は将棋にも使えるはずです(笑)
ご飯を多めに食べてとりあえず寝ちゃいましょう。

簡単な詰将棋や定跡を復習する

難しい将棋の練習をすると疲労が蓄積します。
なので、簡単なトレーニングをして、早く寝ちゃいましょう。

私がおすすめするのは、簡単な詰将棋や得意戦法の定跡の復習です。
これならあまり負荷がかからずに、将棋の実力を維持できます。

級位者の方なら1~3手詰、有段者の方なら3~5手詰くらいがねらい目じゃないかと思います。
いつも使っている詰将棋や定跡書をかるく読んで、自信をつけて幸せな夢を観ましょうw

軽い運動をして、睡眠の質をあげる

運動して少し疲れると寝つきが良くなりますね。
なので、ウォーキングなど軽い運動してみてもいいかもしれません。
アクティブレストといって、軽い運動は疲労回復に効果があると『ダンベル何キロ持てる?』というアニメでも紹介されていました(笑)

まとめ

はい、一言でまとめます。
「早く寝ろ」ですねw

将棋界隈は、私を含めて夜更かし大好き人間が多いので、かなり自戒の意味を込めて書きました。

それではみなさん楽しい将棋ライフを!

【将棋】振り飛車党総裁史⑤~新時代~【ネタ記事です】<最終回>

前回までの記事

新しい才能

新しい才能。

現代振り飛車が開発されたことにより、若者の振り飛車党も増加した。

そして、その中から若き天才たちが生まれていった。

戸部・菅井(現代振り飛車派)、広瀬(穴熊派)である。
盤石に見えた振り飛車党だったが、ひとつの誤算があった。
それは、藤井総裁の辞任だった。

藤井の辞任

藤井システムが対策されすぎたことにより、党勢が膠着状態になった責任を取り、藤井総裁は辞任を表明。
藤井は「これからは多角経営」という発言を残し矢倉を連採し、振り飛車党を一時脱退寸前の状況にまでなってしまう。

居飛車党への鞍替えこそ回避されたものの、藤井は最高顧問に退くこととなる。

彼は、最高顧問になったことで、将棋の新戦法「角交換四間飛車」の研究に没頭し、振り飛車の新しい鉱脈を見つけることになるがそれは別のお話。

これによって、振り飛車党は変革を迫られた。

久保総裁の誕生

執行部はカリスマの辞任の後、後継総裁として「久保」幹事長を総裁に選出する。

ここから久保はさらに飛躍し、居飛車党を倒しまくりついに2010年にタイトル二冠を達成した。振り飛車党の二冠王は、大山名誉総裁以来の快挙だった、
名実ともに、振り飛車党総裁の地位を不動のものにした彼は、党執行部の世代交代にも成功するのだった。

藤井・鈴木は振り飛車党最高顧問として総裁を支える一方、若手のエース菅井を幹事長に抜擢、戸部広報部長ともに振り飛車界を盛り上げる作戦に出る。
もうひとりの若手のエース広瀬(穴熊派)はタイトル獲得しさらに党勢を盛り上げたが、失陥後居飛車党に鞍替えしてしまったという問題はあったものの、久保・菅井のダブルエース体制でタイトル戦線を振り飛車党は戦っている。

久保は2016・2017年に王将を、菅井は2017年に王位のタイトルを獲得している。

また、藤井最高顧問は総裁辞任後、角交換四間飛車の定跡を完成させ、さらに振り飛車党を盛り上げ、杉本副幹事長は将来の名人候補である「藤井聡太」を見事にプロまで育て、鈴木最高顧問は永瀬二冠をタイトルホルダーまで鍛え上げるなど育成面での活躍も目立っている。

現状(2019年10月現在)では、タイトル失陥で振り飛車党のタイトルホルダーは0だが、元所属の広瀬竜王、永瀬二冠などがタイトル戦線でし烈な争いを繰り広げている。

振り飛車党の育成力を示す一例であろう。

今後、振り飛車党に大きな変化が発生した時に加筆するとして、今回はここまでとしたい(完)

【将棋】振り飛車党総裁史④~振り飛車御三家の革命~【ネタ記事です】

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前回までのあらすじ

居飛車穴熊の猛威と、総裁大山の死により激震が走った振り飛車党。

しかし、天は彼らを見捨てなかった。

若き革命家たちの登場


精神的な支柱であった大山総裁の死。これによって振り飛車党に激震が走る。
その中にあって振り飛車党の中心となったのは若手の新しい力だった。
世紀末四間飛車を掲げて、NHK杯を制した櫛田。
相振り革命の提唱者杉本。

振り飛車党の窮地を救うために、スーパー四間飛車を武器にA級で戦った小林。

彼らが作った流れは、さらに若き才能たちに受け継がれる。そして、怪物たちが登場したのだ。

振り飛車御三家の登場である。

その日、ひとりの革命家は地上に降り立った。天敵居飛車穴熊を撲滅するために。

藤井猛である。

彼は居飛車穴熊に組ませずに攻め勝つ方法「藤井システム」を発明し、棋界に覇を唱えたのだった。

暴力的な固さを誇る穴熊も完成しなければ脆弱だというコロンブスの卵的な視点は当時の将棋好きを魅了した。


彼はそのまま、最高位戦である竜王戦で、居飛車党のエース谷川を撃破し、竜王戴冠。
振り飛車党が再び棋界の頂点に達した瞬間だった。
そして、歴代最強ともいわれる居飛車党総裁(オールラウンダー派)の羽生善治を凌駕する指しまわしを見せて、竜王戦3連覇を達成。
大山死後、空席状況だった総裁の座を完全に射止めたのだった。

藤井総裁の元には、新たな実力者たちが集結していく。

鈴木システム・新石田流を完成させた剛腕「鈴木」副総裁。

華麗なるさばきで、全盛期の大野名誉総裁をほうふつとさせる久保幹事長。

久保の石田流

藤井総裁を加えた3名は「振り飛車御三家」としてトロイカ体制を構築し、振り飛車の復興に力を注いだ。前述の相振り飛車の革命家杉本副幹事長・ゴキゲン中飛車の完成者近藤副幹事長といった実力者たちが集結しトロイカ体制を盛り上げると、振り飛車の勢いは最高潮に達した。

さらに技術革新は進んでいった。藤井システムと同時期に振り飛車は新たな武器を見つけていったのだった。穴熊は角交換に弱い。ならば振り飛車側から角交換をしてしまえばいい。

ゴキゲン中飛車

新石田流

新たな可能性は

藤井総裁(四間飛車派)
鈴木副総裁(四間飛車派→現代振り飛車派)
久保幹事長(四間飛車派→現代振り飛車派)
中田政調会長(三間飛車派)
小倉総務会長(三間飛車派)
杉本副幹事長(中立派)
近藤副幹事長(中飛車派)

彼によって、振り飛車党はさらに若き才能たちを発掘していく。

こうして、振り飛車の新時代ははじまった。

【将棋】振り飛車党総裁史③~大山総裁時代と穴熊~【ネタ記事です】

前回までに、大野源一による振り飛車党創設から大山・升田戦争をお送りした。

今回は大山長期政権時代の概説をおこないたい。

大山長期政権時代

ライバルの升田を倒したことで、大山は振り飛車党内に長期政権を築き上げた。
ここに振り飛車党黄金時代が始まるのであった。

大山総裁は、升田との戦争と同時並行して、居飛車党との政争にも勝利して、総理(名人)総裁の地位を確立。二上・加藤・丸田など居飛車党の挑戦をことごとく退けて、長期政権を樹立していた。振り飛車党は、安定与党としての地位まで確保していたのである。

彼と升田の活躍によって振り飛車党はどんどん増え続ける。時代こそ前後するとはいえ、下記のようなオールスターメンバーが振り飛車党には集まっていた。
大野名誉総裁(振り飛車党三間飛車派、通称”大野派”)
升田副総裁(振り飛車党新手派、通称”升田派”)
松田ツノ銀大臣(振り飛車党中飛車派、通称”松田派”)
大内幹事長(振り飛車党穴熊派。通称”大内派”)
森安青年局長(振り飛車党四間飛車派。通称”大山派”若手のホープ)
谷川政務官(後に、振り飛車党を脱退。居飛車党(オールラウンダー派)へ入党。後の居飛車党総裁)

しかし、順調に見えた振り飛車党に再び受難の時代が訪れる。
棋界の太陽「中原」による政権交代と居飛車穴熊の発明である。

大山・升田戦争終結後、ついに新時代の旗手は振り飛車党に牙を向いた。

若き天才中原【居飛車党新総裁オールラウンダー派】は、10年以上誰もなし得ていなかった大山の振り飛車攻略に成功する。

さらに、居飛車党は中原の他に、米長・加藤を加えた三頭体制が確立。

安定与党の地位を振り飛車党から奪い去った。

しかし、大山も充実した力を見せており、以前、二大政党制は維持されるかと思われていた。

だが、居飛車党はそれを許さなかったのである。

居飛車穴熊が発明されたのだ。

居飛車穴熊の誕生

後手が居飛車穴熊

居飛車穴熊。

それは禁断の果実だった。

振り飛車の最大の売りは、美濃囲いの守備力だった。攻撃力で上回る居飛車で、駒の捌きと守備力で上回っていた振り飛車のお株を奪う最強の守備力。

金2枚、銀・角・香・桂1枚ずつで守る最強の要塞は振り飛車党を壊滅的な被害に追い込む。

振り飛車の守備力を上回る暴力的な固さに振り飛車の勝率は激減。次々と議席を失った。

その間に、大野名誉総裁・升田副総裁・松田大臣の引退と死去と主要メンバーにも激震がはしる。

表舞台には、大山と森安【のちに副総裁へ昇進】のふたりで奮闘している状況だった。
大山総裁・森安副総裁両頭体制によってなんとか党勢を維持していた振り飛車党にさらに悲劇が訪れる。
大山総裁の後継者と目されていた森安副総裁の夭折である。

だるま流とも称される受けの力で居飛車穴熊に対抗し、中原からタイトルを奪取し、A級にも在籍した振り飛車党の次世代のエース。

大山の正統なる後継者と期待されていた森安の夭折。

これによって振り飛車党はさらに勢いを失うことになる。

なんとか、居飛車党の小林九段が振り飛車党に鞍替えするなどして、なんとか棋界に影響力を誇示している状況だったが……

さらなる悲劇が待ち受ける。

巨星堕つ
大山の死であった。

癌との闘病を続けつつも、生涯現役、A級の地位を確保し続けた振り飛車党総裁であり精神的な支柱の死去は、振り飛車党を変革の刻を迎えさせることになる。

次回「若き革命家たちの登場」へと続く


【将棋】振り飛車党総裁史②~黎明期から大山・升田戦争~【ネタ記事です】

それでは、いよいよ本格的な歴史概説に入る。

黎明期

黎明期(初代総裁大野源一九段の登場)

故・大野源一名誉総裁

近年に入るまで振り飛車は受難の時代だった。
明治~昭和初期のプロの主流戦法は、相がかりを中心とした居飛車であり、振り飛車は邪道とも思われていた。
かろうじて、香落ちの将棋の時に用いられるくらい。
当時の第一人者である坂田三吉が「坂田流向かい飛車」を考案したことが大きなニュースだった。

しかし、ついに救世主が誕生したのである。
それが初代振り飛車党総裁”大野源一”の登場である。

彼は、戦後の振り飛車界をひとりで引っ張った。
得意の三間飛車の華麗な捌きを持ち味に、勝利を量産したのである。
振り飛車名人・振り飛車の神様ともいえる彼の功績が後世に伝わっていないことは嘆かわしい。
彼は、A級順位戦という最高峰のリーグで振り飛車で勝ちまくった。そして、偉大な二人を振り飛車党に勧誘することに成功するのである。彼の勧誘によって、弟弟子である「大山康晴」「升田幸三」両大名人が、振り飛車党に入党したのだ。

「忙しくて戦型の研究ができない」という大山の悩みに
「それなら、序盤は飛車を振って、美濃囲いを作ればいい振り飛車にすればいいじゃない」
こんな会話があったとかなかったとか。

大山は矢倉を振り飛車を使い分ける戦略を取っていたが徐々に振り飛車一本に特化していくことになる。

升田・大山、当時、全盛期の実力を有している。

両雄並び立たず。

こうして、大山・升田の大野総裁後継レースがはじまるのだった。

彼らは何度も棋界最高クラスでぶつかり合った。

大山が徐々に覇権を確立していったあと、ついに決着をつける一戦が勃発するのであった。

大山・升田戦争

後継レースは激化の一途をたどり、遂に両者は、1971年の名人戦7番勝負で激突する。
そして、ここで升田は衝撃の新構想「升田式石田流」を発表し、大山を追い詰めた。
まさに振り飛車党の天下分け目の合戦。

両者は雌雄を決するために最善を尽くし、最後に立っていたのは強靭な受けで秘密兵器の升田式石田流を破った大山であった。
フルセットの激戦による名人位防衛は、大山の名声をさらに高めた。

ここに大山の覇権が確立され、第二代振り飛車党総裁に任命されたのであった。

この間、三間飛車・中飛車・四間飛車のノーマル振り飛車定跡も急速に発展し、固い守備力を活かした振り飛車は全盛期を迎えることになる。

【将棋】振り飛車党総裁史①【ネタ記事です】

振り飛車党総裁。

この称号は、アマチュアには憧れの存在だった。 居飛車とは違って、振り飛車は駒組がおぼえやすく、相手の戦型に合わせないで自分の戦いができる。 それは忙しいアマチュアにとって魅力的な果実であった。

本記事は、大野→大山→藤井→久保と歴代4名の振り飛車党総裁の業績を振り返る概説である。(※筆者の痛い妄想記事です。分かりやすく意訳した部分や、間違いも含まれている可能性があります。ご注意ください。)

本文に入る前に、現状の振り飛車党の概要を振り返ろう。

久保総裁
久保総裁

菅井幹事長
藤井最高顧問
故・大山名誉総裁

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2019年10月11日現在

振り飛車党著名幹部(敬称略)

総裁:久保【タイトル7期】

幹事長:菅井【タイトル1期】

最高顧問:藤井【タイトル3期】、鈴木【棋戦優勝2回】

名誉総裁:故・ 大野 源一九段、故・大山康晴十五世名人

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現在は緩やかな派閥ではあるが、以下の派閥が存在している。

①四間飛車派(旧大山派・現藤井派)

振り飛車党総裁大山が興して、森安・櫛田・小林などが在籍していた振り飛車党の保守本流派閥。大山死後、低迷したが、後を継いだ藤井新総裁の藤井システムによってふたたび全盛期へ。藤井が最高顧問に転出したあとも角交換四間飛車などの発明もあり、現状でも大きな影響力を保持する。

②中飛車派(近藤派)
旧松田派。松田がツノ銀中飛車を得意とし、昭和期に大きな影響力を誇った。四間飛車・三間飛車とともに、ノーマル振り飛車挙国一致内閣を組閣し、振り飛車党全盛期を支えた。居飛車穴熊誕生以後、少数派へと転落。しかし、平成となりゴキゲン中飛車が発明されたことに、中飛車を指す棋士が増えたため勢いを取り戻しつつある。現代振り飛車派とも強いつながりがある。

③三間飛車派(中田派)

振り飛車の神様とも言われた大野名誉総裁の派閥が母体。スペシャリストたちが多く在籍し、職人集団のような一面が強い。 コ―ヤン流・石田流・下町流・真部流・三間飛車藤井システム・トマホークなど個性豊かな戦法を得意とする棋士の連合体。

④穴熊派

旧大内派。党内でも独立勢力のような存在で、穴熊党とも。派閥のドン大内が引退後、若手のエース広瀬が孤軍奮闘して支えていた。しかし、広瀬が居飛車党角換わり派に鞍替えし長期間代表不在。居飛車党穴熊派との合併もうわさされる。

⑤現代振り飛車派(久保派)

角交換振り飛車系を使う新興勢力だが、振り飛車党最大勢力。革新派に位置づけされる。中飛車・三間飛車・四間飛車など状況に応じて採用しオールラウンダーのような派閥と化している。久保総裁・菅井幹事長・戸部広報部長・鈴木最高顧問など執行部の多くも在籍している。

それでは、基礎知識の振り返りはここまでとして、次回以降本格的な振り飛車党総裁史をお届けする。