中飛車の歴史(最古の局面から現代まで)

はじめに

それでは、前回の四間飛車に続いて、中飛車の定跡進化について歴史を振り返っていきたいと思います。

四間飛車とは違って、中飛車の進化は戦後からはじまるのでそこまでは結構進行が早いです。

しかし、最古の棋譜は四間飛車ですが、最古の局面は中飛車なのは意外と知られていません。

それでは、古来よりアマチュアを魅了してきた中飛車の歴史、はじまります。

安土桃山時代~戦前まで

中飛車がはじめて歴史上に登場するのは戦国時代に活躍した松平家忠の日記「家忠日記」です。彼は徳川家康の親戚で、関ヶ原の戦いに付随する戦いで戦死してしまいますが、趣味が将棋だったようで、中飛車についての局面図を残しています。

ただ、実力はそこまでではなかったようで、趣味の将棋の延長上に中飛車はありました。やはり、古来よりアマに大人気という立場は変わっていません(笑)

名人制が確立した後、将棋界は戦法の定跡化が進みますが、中飛車についての定跡はほとんど未整備でした。

アマチュアには大人気だけど、プロは使わない戦法。江戸時代をとおして、そういう位置にいる中飛車長い冬の時代です。

江戸時代の一大イベント御城将棋でも、他の振り飛車は使われていた形跡はありますが、中飛車が表舞台に出てくることはありませんでした。

しかし、江戸末期の1840年代、一部の棋士が、「ツノ銀中飛車」の原型を使いだします。

この将棋はその後、顧みることなく忘れられていきますが、約100年後の戦後に復活するのは将棋戦法のおもしろいところです。

戦後まで中飛車は「下手の中飛車」や「下手の中飛車、上手が困る」という格言のように、アマチュアが楽しむためのもの。プロは指さないものだと考えられていた。

木村名人の名著『将棋大観』でも初心者用の定跡として紹介されていて、

専門棋士間には、香落戦以外ほとんど指すことがないといっても過言ではない

とまで書かれているような状態です。

あくまで香車落ち専門の戦法と言うのが中飛車の立ち位置でした。

これがまさか、100年後には振り飛車のエースとして君臨するとは誰も思わなかったでしょう。

投稿者:

D

小説家になろうで、小説を書いています。 得意ジャンルは、ラブコメ、SF、歴史もの。 このサイトでは、オリジナル小説・詩・ゲームの紹介や読んだ本の書評をしていきたいと考えています!

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