台風の夜に(恋愛)
【本文】
「雨、強くなっちゃったね」
わたしは彼に話しかける。
「うん」
「電車動いているかな?」
答えがわかりきってることを聞いてしまった。
「動いてないだろう。泊まっていけよ」
「ありがとう」
彼とは飲み会で出会った。あれからもう3か月。
付き合っているようないないような不思議な関係。居心地はよいが、不安でもある。そんな関係。
今日は宅飲みをしようと彼の家に遊びにきた。
雨の音がどんどん強くなっていく。まるで世界がこの部屋だけになったようだ。
「台風がひどくなるまえに帰ろうと思ったんだけどな~」
残ったチューハイを飲みながら、わたしはぼやく。
「おれももっと気にするべきだったよ。ごめん」
「いいよ、いいよ。楽しかったし」
本音を隠しながらわたしは応じる。
「うん、今日も楽しかったよな。この前の水族館も」
「あの魚が美味しそうしか言ってなかった気がするよ」
「たしかに」
ふたりで笑いあった。
今日はたのしかった。彼と近くのスーパーにいって、お酒とつまみの材料を買ってきた。台所を借りての料理。じゃがいものチーズ焼きや簡単なサラダ。女子力のへったくれもない。でも、こんな未来があるのかなという期待感に包まれた幸せな時間だった。
「お酒をのんだから眠くなっちゃったね」
彼はあくびをしている。
「そろそろ寝ようか」
わたしは提案する。
「そうだね」
「うん」
今日もなにもなかったかという複雑な気持ち。
「やっぱりわたしがソファーで寝るよ」
「お客様なんだから気にしないで」
彼はやさしくつぶやく。
「ありがとう」
彼のにおいに包まれて、ドキドキする。今日は眠れるかな。
「ねぇもう寝た?」
わたしは定番の質問をする。
「……」
彼はなにも言わなかった。寝ているのか、起きているのかわからない。
雨戸が風で揺れている。
「大好きです」
そう、わたしは小声でつぶやいた。
わたしはのっぺらぼう(ヒューマンドラマ)
【本文】
わたしはのっぺらぼう。
わたしの顔にはなにもない。
生まれたときには顔があった。
とてもかわいらしい顔だった。
お母さんはいつも泣いてばかりだった。
だから、よい子になろうと思った。よい子にならなくちゃいけなかった。
その日から、私は親や先生に逆らったことはない。
そして、わたしは顔を失ってしまった。
ある日突然顔がなくなってしまったのだ。
わたしは泣いた。目もないのに涙はでる。不思議だ。
そして、わたしは自分がなにもできないことに気がついた。
優等生だったのに、なにもできないことに。
わたしの顔はどこにいってしまったのだろう。
いまだに顔を探し続けている。
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