おれは今、車で空を飛んでいる。
月の光がうつくしい。どうしてこうなったのか。よくおぼえていない。気がついたらこうなっていた。
昨夜、友達に誘われて、飲みにいったのはおぼえている。日ごろの愚痴をいい合い、いつの間にかこうなっていた。
どうやら、いつもの癖で飲酒運転をしてしまったらしい。おそらくスピードを出しすぎて、曲がりきれず川へと落ちようとしているのだ。
道から川まで3メートルくらいの高さだ。本来ならすぐ落ちるはずだ。なのに、すべてがゆっくり動いている。なんという体感時間だ。これが走馬灯というやつか。
家族から、何度いわれてもやってしまった飲酒運転。これがその報いなのか。親もあきれるだろう。いや、そもそもこれは親が悪いのだ。なぜなら、これは親譲りの悪癖だ。おやじだっていつもやっていた。
あの強面のくせに、小心者のおやじはいつも酒に逃げていた。いわんや、息子のおれもそうなるに決まっている。
嫌なことがおきれば、酒が忘れさせてくれる。そんな悪循環に気がついて、自己嫌悪に陥っても、酒だけはおれの味方だ。その嫌悪も、飲んでさえすれば忘れられるのだ。家族はそんなおれを責めるが、その責めさえも酒をのむ口実になる。最高だ。まさにロックンロール。笑えてくる。
川がどんどん近づいてくる。酒を飲んで、こうなるんだ。ある意味では本望なのかもな。おれらしい最期だ。
どぼん。激しい水音とともに、おれの意識は消失した。
※
月がよく見える。
「痛てえな」
気がつくと俺は川に浮かんでいた。全身が痛い。落ちた拍子に、車内を脱出して川に投げ出されたらしい。運がよいんだか悪いんだか。酔いも醒めてしまった。
そこで、俺は気がついた。飲酒運転をして事故ってしまったという現実に。これはまずい。まずすぎる。なにがまずいって、俺は社会人だ。それも結構お堅い職業。こんなことがバレれば、一瞬にして社会的に抹殺されてしまう。テレビのニュースとネットでの楽しい、楽しいお祭りさわぎが待ち構えている。
早く証拠を消さなければ。とりあえず、あのぷかぷか浮いている車をどうにかしなければ。目立ちすぎる。あの真っ赤な車体が、いい逃れができない現物証拠となっている。
「おりゃあああ」俺は全力で、サイドガラスにパンチを浴びせる。
「うう」声にならない悲鳴をあげる。そりゃあ割れるわけがない。さっきの事故でも割れなかったのだからな。しかし、ヒビは入った。
土手の石を使えばよいじゃないか。俺はいそいで土手にいき、大きめの石を拾い、ガラスにぶつける。
「パリィン」
綺麗な音でガラスが割れた。水が車内に勢いよく入っていった。
だが、おかしい。車が沈まない。
そこで俺は重要な事実に気がついた。
「浅いんだ、この川」
俺の足も川底についている。はじめからわかっていたのだ。どうして気がつかなかった。残ったのは、ぷかぷかと浮かぶ赤い乗用車と不自然に割れたサイドガラス。怪しい、怪しすぎる。このまま放置したら、明日の朝には家に、紺色の制服をきた人が来てしまう。いや、現行犯でなければ……
「なんかすごい音したぞ。おい、あそこ車が浮いてるんじゃねぇか」
近くに住民が集まってきてしまった。もうここまでなのか。
完全に青ざめた俺は、勢いよく川の水を飲みはじめた。最後のわるあがきだ。こうすればアルコールが薄れるかもしれない。
ひどい味がする。あきらかに泥川だ。水質だってよくない。急な吐き気とともに、俺は意識を再び失った。
月だけが俺を見つめている。遠くでサイレンが鳴り響いている。
見知らぬ男たちの声が聞こえる。
「きみ大丈夫か。」大丈夫なわけないだろ。
「おい、佐藤。こっちに来てくれ。誰かもうひとりいる。車から逃げ遅れているみたいなんだ」
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